[週刊少年チャンピオン]毎週楽しみにしていた2連載が同時に終わってしまった…
最新の「週刊少年チャンピオン 2016年No.13」にて、私が毎週楽しみにしていた連載が、同時に2本も終わってしまった…
その2本とは、「侵略!イカ娘」と「兄妹~少女探偵と幽霊警官の怪奇事件簿~」。
「イカ娘」は、9年間の連載だったのだな、コミックスも全22巻。長すぎず、短すぎず、人気があるうちに惜しまれつつ連載終了は、いいことだと思う。
連載最後の方、早苗は相変わらず報われないが、吾郎と千鶴の話でほっこりし、シンディは失意のまま帰国(ちょっと可哀想?)。で、長い長い夏休みが終わり、イカ娘の、いつもより「ちょっとだけ」過激な行動の後、オチとも何とも言い難い結末で締め。
この、無闇に感動的にせず日常のまま淡々と終了するのは、「イカ娘」によく合っている。
それにしても、イカ娘、素直じゃないなー。イカ娘が居続けることで、栄子は少し報われたかも。
「兄妹~少女探偵と幽霊警官の怪奇事件簿~」は、1年半くらいの連載。オカルトと推理モノの組み合わせで、絵柄も合わせてユニークな作品だったなと。
けっこう完璧超人の主人公・赤木蛍に対し、本人だけが赤木をライバル視している緑川楓が、自覚なきドジっ子という感じでいい味出していた。
青葉真琴が登場したのは、2016年に入ってからかな、青葉の頭脳は少々チート過ぎるな、と思っていたら、青葉の先導で十二人委員会の件があれよあれよという間に解決の方向に向かい、物語が終結。
なんとなく打ち切りっぽい終わり方だったが、そこは流石の木々津克久氏、きれいに伏線を回収し、すっきりと終わらせてくれました。オマケに最後にマーニーに繋げていくとは。
「マーニー2」とかいって、緑川楓(と、その友人たち)を絡めてマーニーの続編を出したら、面白いかも。
うーむ、この2作の連載終了は寂しい限り。ともあれ、安部真弘氏、木々津克久氏の次の連載に期待。
兄妹 少女探偵と幽霊警官の怪奇事件簿 1 (少年チャンピオン・コミックス)
- 作者: 木々津克久
- 出版社/メーカー: 秋田書店
- 発売日: 2015/04/08
- メディア: Kindle版
- この商品を含むブログ (1件) を見る
長門有希ちゃんの消失~雑感
TVアニメ版「長門有希ちゃんの消失」、第4話目を観る。
相変わらず原作のコミックスをきちんと踏襲した、正統派ラブコメである。それ以上でもそれ以下でもなく、正直なところ、第4話目にして既に観ていて疲れてきた。朝倉涼子の過保護ぶりが少々かなりウザい、ということもあるかも知れん。
で、原作であるコミックス版も含めて、「長門有希ちゃんの消失」に対する雑感。
この「長門有希ちゃんの消失」は、「涼宮ハルヒの憂鬱」原作者の谷川流氏による公式パロディということで、「涼宮ハルヒの憂鬱」の登場人物が全て一般人だった場合のifストーリーということになっている。
「長門有希ちゃんの消失」は、ハルヒシリーズの「涼宮ハルヒの消失」と設定上で異なる点は、「キョンが改変前の記憶を保持しているか否か」の1点のみである。「涼宮ハルヒの消失」では、改変前の世界はクリスマスイブ前までの描写しか無いが、「長門有希ちゃんの消失」では、必然的に、それ以降の描写もあるわけだ。
長門、キョンを含め、他のメンバー(朝倉、ハルヒ、小泉、鶴屋さん、みくる)の登場は、「涼宮ハルヒの消失」の改変後の世界におけるそれと対応するように描写されている。唯一、キョンが改変前の記憶を持っているか否かの差を除いて。
コミックス版は、現在8巻が最新で、私はヤングエースの連載を読んでいないので、コミックス版の第8巻以降の進展がどのようになっているかは分からない。第8巻までは、「涼宮ハルヒの憂鬱」の各登場人物が一般人として登場しつつ、現状のラブコメ路線が維持されている。
ここで、一つ仮定。というか、妄想に近いが
「涼宮ハルヒの消失」では、長門は、改変後の世界でも、キョンは改変前の記憶を持ち続けるように、世界を設定した。
しかし、長門が、改変後の世界で、キョンも、他の登場人物と同様に改変前の記憶を失うように世界を設定したとしたら、どうだろうか。
この場合、この作品世界の何処かに、宇宙人:長門や、未来人:みくる、超能力者:小泉、…等が存在していることにならないか。
何を言いたいかというと、「長門有希ちゃんの消失」という作品タイトルである。
これが、単に「涼宮ハルヒの消失」と語呂を合わせただけということも十分に考えられるし、実際にそうかも知れない。
しかし一方で、この「長門有希ちゃんの消失」というタイトルに意味がある、と考えることも可能である。少なくとも、ハルヒシリーズの一連のタイトルには、何がしかの意味があった。
ここで当然気になるのが、「消失」とは、何が消失するのか、という点である。
「涼宮ハルヒの消失」では、確かに、長門の世界改変により、異能力者としてのハルヒの能力が消失し、改変後の世界では、改変前の世界のハルヒは、実質的には「消失」した。
では、「長門有希ちゃんの消失」で消失するのが誰かというと、それは、タイトルから「長門有希(ちゃん)」ということになる。この「ちゃん付け」の長門は、恋する乙女であり、引っ込み思案なゲーム好きの少女であり、朝倉涼子が母性本能を発揮せずにはおれない、儚げな存在である。
この「ちゃん付け」長門が消失した後にくるのは、当然のことながら世界改変前の「あの」長門であろうと思う。そして、長門の消失と絡めて朝倉が壊れ(…というか、「長門有希ちゃんの消失」での朝倉も、長門への構いぶりは少々常軌を逸している気がする)、また、改変前の各メンバーが出現する、という流れが想像できる。
まぁ、以上は単に私の妄想であるわけだし、仮に妄想が当たっていたとしても、少なくともアニメではやらないであろうし、原作でもこの辺は裏設定的な存在に留まることは考えられる。
自分としては、こういう「大どんでん返し」的な展開を期待するのだが…
【Amazon.co.jp限定】長門有希ちゃんの消失 第1巻 限定版 (複製原画・収納ファイル付) [Blu-ray]
- 出版社/メーカー: KADOKAWA / 角川書店
- 発売日: 2015/06/26
- メディア: Blu-ray
- この商品を含むブログ (2件) を見る
メタモフィギュア 涼宮ハルヒの憂鬱 長門有希 (ネコVer.)
- 出版社/メーカー: バンダイ
- 発売日: 2008/02/22
- メディア: おもちゃ&ホビー
- 購入: 2人 クリック: 111回
- この商品を含むブログ (23件) を見る
漫画の記憶
子供の頃は、非常な田舎に住んでいたこともあり、娯楽が大変少なかった。
夏などは外に出て遊ぶこともできるので、まあいいが、冬となるとそれもなかなか難しく(ちなみに北海道なのだ)、自然、家に閉じこもることになる。
その中での重要な娯楽は、漫画であった。
親は漫画を読むタイプではないにも関わらず、ほんの少しだけ、漫画本が家にあって、そればかり読んでいた。
その「ほんの少し」の内訳は、「サザエさん」、「意地悪ばあさん」、そして、何故か「男おいどん」。
長谷川町子シリーズが家にあったのは、何となく分かる気がするが、なぜ「男おいどん」があったのか、今考えると不思議だ。
で、それらばかりを繰り返し読んでいたためか、いま、すっかり大人になってからも、シチュエーションに応じて、それらの漫画のセリフやら情景やらが思い浮かぶ。
例えば、何かの値段で「8000円」というのがあると、必ずと言っていいほど「男おいどん」のあるシーンが思い浮かぶ。
「男おいどん」の主人公である大山昇太が、女友達?の秋山さん(だったかな、秋山さんとしておきます)が落としたコンタクトを一緒に探しているうちに、誤ってそのコンタクトを踏んづけて割ってしまう(当時だからハードコンタクト)。
おいどん君は、それを隠すが、秋山さんが「あれ8000円もしたの、困ったな」みたいな発言をし、それを聞いたおいどん君が「ハッセンエン!おいどんの一ヶ月の生活費と同じくらいばい(この辺うろ覚え)」。
このシーンが妙に頭に残っている。
他にも沢山あって、もう一つ例を挙げると、「エビライス」のシーンがある。
おいどん君がサテンか何かのショーケースに、大ぶりのエビが沢山乗った「エビライス」(今でいうエビピラフみたいなものか)を発見、値段を見ると結構安く、これはラッキーと勇んでその店に入り「エビライス」を注文する。
で、出てきた「エビライス」は、ご飯の上に小さいエビが1つだけ鎮座する、詐欺みたいなもの。
このシーンも、妙に頭に残っていて、今でもショーケースのエビピラフを見ると、この「エビライス」のシーンを思い出す。
まぁ、何ていうか、子供の頃に叩き込まれた(というのも変だが)記憶というのは、一生ついて回るのかな、と、思う次第。
ちなみに、「男おいどん」は当時のコミックスで全9巻、もちろん全部読んだし、再び読みたいとも思うけれど、ラストの回を考えると、今ひとつ手が出せない。
松本零士先生は、「あれはハッピーエンドだ」と仰られるが、私には、とてもそうは思えないわけで。
「神のみぞ知るセカイ」雑感(ネタバレあり)
艦これには全然関係ないのだが、少年サンデー連載中の「神のみぞ知るセカイ」について、ちょっとだけ。
先日発売になったコミックス第25巻の帯に、「第26巻で完結」などと書いてあったので、連載ももう残すところ数回、もしかしたら次回が最終回となるもよう。
第26巻で完結、というのは、長すぎず短すぎず、賢明な長さであると思うのだ。
現時点で最新話の第265話「WORLD FORTUNE」では、10年前の自分と中身が入れ替わった桂馬が、とりあえず元に戻ったように見え、待ってましたと言わんばかりに女神たちがヴィンテージに対して攻撃を仕掛け、動体巨人を倒し、ヴィンテージ達を取り押さえたりしたのですが、また、リミュエルは部下を使ってドクロウの収集したヴィンテージなどの情報をばらまいたりしたのですが、…肝心の桂馬が何かおかしい?
で、ここから妄想モード。
ま、私の妄想なんぞ当たったことがないわけで…だから妄想なのですが…
物語は最終話目前、ここは大団円となって欲しいものです。
では、どのように大団円となるか。これは正に神(作者)のみぞ知る、なのですが、カギは香織と最後に対峙した際の桂馬のセリフ「すべての人が幸せになる結末があるはずだ」「でも…見えた気がする…理想のセカイがどういうものなのか…」にあると思われる。
このまま桂馬が復活し、女神の宿主の6人の女の子と、エルシィと、ハクアと、なんやかやな生活を繰り広げるハーレムエンドも、もちろんアリかと思う。
しかし、やはり桂馬が現実世界に元のように戻ってくる展開は、考えにくい。今さらどんな顔をして戻ってくるというのだ?
ここはやはり、桂馬にはアルティメット・桂馬となって普遍的に存在してもらうしかあるまい、…と思うのだ。
桂馬は、現代にいた6歳の桂馬の中身は、無事に10年前に戻る。しかし、10年前から戻ってきたはずの16歳の桂馬の中身は、渡航記のトラブルのせいか、元の体にうまく戻れない。
ここで、ヴィンテージ側の最終兵器となる「山よりも高い」サテュロスの兵器が女性タイプである点が、とても気になる。
つまり、桂馬は、このサテュロスの兵器に入り込み(…いい表現を思いつかない…)、女神デメテルとなるのではないかと。そして、ユピテルの姉妹と共に、桂馬のいう「理想の世界(理想のエンディング)」を実現するのではないかと。案外、桂馬が五位堂結と入れ替わって女性化した過去が活かされたり。
この結末であれば、今まで作中に仕掛けられた数々の伏線も、上手いこと回収できるのではなかろうか。ハクアとエルシィは、ちょっと報われない気もするが…
…と、まぁ、色々妄想したわけだが、おそらくこのような結末にはならず、その上を行くラストとなることであろう。それもあと少しで判明するわけだ、楽しみのような、ちょっと寂しいような。
SFマンガ勝手に10選~綾茂直人(仮名)編
SF作品の10選を評うことが流行っているみたいなので、自分もやってみる。
ただし、私は評論家とか、そういった文章を書き慣れているわけでもないので、やはり自分の好きな作品を順に並べただけになってしまうのである。
本当ならここで、SFなるものの定義をしておくべきなのであろうが、これは私には少々荷が重いので、私自身が「これはSFだ!」と直感的に感じた作品がすなわちSFであるとする。大変ご都合な定義である。
以下、思いついた順に、列挙してみようと思う。
なお、番号は便宜的なものであり、順位などを示すものではない。
1.うる星やつら(作:高橋留美子)
これを語らずして何がSFか、という感じである。科学的な考証は殆ど無視、勢いで突っ走る作品ではあるが、これは、スラップスティックSFマンガの傑作であると私は思う。こんな作品は、今後2度と現れないのではないか。
2.マップス(作:長谷川裕一)
和製スペース・オペラの傑作である。
伝承族とは一体何者なのか?銀河障壁とは?伝承族に対抗するため開かれた円卓会議に集う異形の者達、等々、今読み返してもワクワクの連続である。
3.宇宙家族カールビンソン(作:あさりよしとお)
あさり氏の作品としては、「ワッハマン」とこの作品とのどちらを選ぶかで、少々迷った。
この宇宙家族カールビンソンは、「非日常系日常」を描いたSFコメディ。随所に見え隠れする侘び寂びの感覚がいい味出している。
パロディネタも楽しい。
4.究極超人あ~る(作:ゆうきまさみ)
マッドサイエンティスト、世界征服、ロボット、異時空や時間軸、走っても胸が揺れない大戸島さんごなど、これがSFでなくて何であろう。
光画部よ永遠あれ!
5.童夢(作:大友克洋)
言わずと知れた、超能力系SFマンガの傑作。
しかし何と言ってもこの作品の最大の見所は、偏執的なまでの極度に緻密な画像にあるというのは、誰しも認めるであろう。
おそらくこの作品が史上初であろう、「人が飛ばされてコンクリートの壁にめり込む」表現は、以後、他の作家の様々な作品に用いられることになる。
6.That's イズミコ(作:大野安之)
ヒロインの極楽院イズミコは、出生不明、年齢不詳、IQ測定限界以上(確か)、時空を縦横に行き来する。
シリアスあり、ギャグあり、3等身キャラありで、作品自体は実験的要素も大きいが、作品全体としてSFマインドに溢れており、特にシリアスパートの「バイ・ポーラー」は、珠玉の出来であると思う。
現在、復刊ドットコムで復刊を果たしている。
7.外天楼(作:石黒正数)
一見、探偵物の短篇集と思ってしまうが、読み進めていくうちに、各話がそれぞれ関連しており、衝撃的な、そしてとても悲しいラストに導くSF作品であることに気づく。
8.風の谷のナウシカ(作:宮崎駿)
これも、今さら私が語るまでもない、人類の未来、そして人類と自然との関わりを描いた傑作である。
オリジナルは全7巻だが、映画になったのは、2巻目の途中まで、となっている。
9.吾妻ひでおの各作品
吾妻ひでおの各作品は、どこをどう切ってもSFである。だから、どの作品を紹介してもいいのだが、私の大好きな「るなてっく」が収録されている「メチル・メタフィジーク」を含む作品集を紹介しておく。
10.(未定)
…と、10選としておきながら、10作目がなかなか決まらず。
士郎正宗氏の「攻殻機動隊」を挙げようとも考えたが、私的には映画版の方が好きなので、ここでは除外。ゆうきまさみ氏の「機動警察パトレイバー」なども大好きな作品だが、SFとしてのインパクトとは違うように思う。最近の作品としては、若木民喜氏の「神のみぞ知るセカイ」なんかがSFしてるように思うが、これはいろいろ決着が着くまで評価は保留ということで。
電子書籍
部屋が狭い、というよりも、収納と壁面が少ない部屋なので、コミックスの置き場があまりなく、面白そうなコミックスがあっても買うのを躊躇ってしまう。こういった理由でコミックスを買わなくなるのは少々寂しいかな。
最近は電子書籍も充実してきて、読みたいコミックスが結構手に入るようになってきている。電子書籍だと、そのサービス自体が無くならない限り、置き場所を気にせずにコミックスを購入できるのが、なんといってもいいわけで。
現在メインで利用しているのはeBookJapan。最近コンテンツがどんどん増えてきていて、結構使いでがあると感じている。
携帯やスマホの画面でもそこそこいけるが、iPad miniやKindle、各種小型のタブレットPCあたりで見ると、製本版のコミックスと引けを取らないくらい(見開きページは弱いが)。その上、一度に何冊も持ち歩いても鞄が太ったりしない。
できれば各社、新刊が発売されたら紙製本のコミックスと同時に、電子書籍でも出してもらえばなぁ、と思ったりもするのだが。しかも紙製本のコミックスよりは価格を10円でもいいから安くして。
電子書籍で入手可能なタイトルは、今後もますます増えていくことであろう。
しかしだな、例えばすべてのコミックスが電子書籍化してしまうと、私などのような個人のユーザは、場所取らないしいいな、くらいに思うわけだが、印刷業界などは悲鳴を上げることであろうと思う。もちろん本屋も大打撃だ。
ただでさえコミックスは、一般の書籍に比べて発行部数が多いのに、特に大手出版社のコミックスは、発行部数の桁が違うわけで、電子書籍に市場を食われたときの打撃は大きいであろう。
新刊がすぐさま電子書籍にならないのは、そんな事情もあるのかな、と思ってみたり。